カメラマンの責任、カメラの責任

わたしなどが写真をはじめたころは、シャッターを押した結果については、すべてカメラマンの責任だった。それが、オートフォーカスになってデジタルになった今、カメラマンのできることは限られてきて、フレームの中に被写体を捉えること、この一点になってしまった。ピントが合っているかどうかは、100パーセントカメラの役割であり、責任になってしまった。

作例は、ハヤブサが山の上から獲物をぶら下げて、猛スピードで巣に帰ってくる場面である。カメラはα9、フレームから外さない限りは全てのカットにピントは合っている。いくら腕自慢のカメラマンでも、マニュアルでピントを合わせることはできないだろう。それだけ性能がいいのなら、α9でいいんじゃないの?とは思うのだけど、例えば、このハヤブサが突然トリッキーな動きをしたとして、AFは追従してくれるだろうか。条件によっては追従するだろうし、しない場合もあるようにも思う。そして、問題は、猛スピードで飛んでいる鳥が、いきなりトリッキーな動きをとってしまっては、フレームから外さない自信はない。いっかいフレームから外れた被写体を再び捉えたときに、どれだけ早くAFが追従してくれるか、そこは完全にカメラの性能に依存するしかない。別にフラッグシップが欲しいわけではないけど、ソニーによればAF追従性能はα9 II比で30パーセントアップという。繰り返しになるけど、カメラの性能によって、できることできないことは最初から決まっているのだ。

問題は、その30パーセントの違いに(他にも違いはいっぱいあるけど)80万だせるかどうか。お金持ちは迷うことはないだろうけど、吾輩のような貧乏人はどうかといえば、あとはそれぞれの思いの強さになるんだろうな。そんなわけで、この先、ウドンをすする生活が続こうとも、買うことにするかな。と、自分自身を清水の舞台から蹴り落とすために、あえて書いてみました(;_;)

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